2011年4月3日日曜日

「愛のむき出し」

善と悪がいかに表裏一体か。

変態と常識人なんて紙一重。
家族、親友、恋心。
圧倒的な愛の姿をこれでもかと見せつけられ、叫ぶように泣いた。
こんな泣きかた初めてだった。
愛のエネルギーの大きさに、いわゆる『人間性』みたいなもんは空洞でしかない。
空洞を悟ってか、人類という歴史は頼ってきた、宗教に。信じられる物が欲しかった。
でもやはり愛の前では神もおもちゃ扱い。ひまつぶし。フリカケだ。
いやむしろ神の存在そのものが罪であるのだ。
罪を神のせいにして偽善者ヅラして生きているのだ。
終盤、八百万の神なき日本。なんと心地の良いシーンか。
日本では神に囲まれて生きている。
愛に囲まれて生きている。
愛を恥じるな!!

2010年12月12日日曜日

沖縄骨董市事情

コザの骨董市に行ってきた。
沖縄的、アメリカ的なものが溢れている。
店主たちのうさん臭いこと。
住所不定、空き缶集めが定職な日常感。
そういえばなんだろう、骨董集めに対する彼らの動機って。
儲かる仕事な訳がないのは百も承知だろう。
愛や情熱だとするのなら非常に興味深い。

さて、あたりをうろつく。
仕事柄どうしてもこの類いに目がいってしまう。
一枚200円というあまりの安さに四寸程度の皿を二枚購入。
骨董市というかフリマプライスだよ・・・。













マカイ(飯茶碗)も購入。
古典焼きの資料的な意味で。
5500円→800円に値引き成功。
アンビリーバボー。
突っ込んで聞くとボロが出る。
やっぱこいつら素人だ・・・。




















『激闘プロレスステッカー』!


おそらく駄菓子屋とかにぶら下がって一枚づつばら売りされていたもの。
完品(店主曰く)。
1200円也。
【20円30付】とあるから猪木全盛時の定価として600円ならばまったくもって「買い」だ。













内包ステッカーのサンプルが裏に一枚ついてる。
【大巨人アンドレ動く大陸(左右にイラスト)】
とある。
アンドレ・ザ・ジャイアント バージョンである。
中身を全部見たくて仕方がないが、性格上もったいなくてビリビリいけないので、
あとでゆっくりきれいに開ける事にします。

その模様は当ブログにて!
乞うご期待!!!


(それにしても紙袋に書いてある暴走族のロゴみたいなデザインは何?EX.特攻、神風、反逆、悪魔)

2010年11月28日日曜日

わたくし、結婚します。

おそらしく更新していない。

3月20日、結婚式を挙げます。
招待状は鋭意製作中です。
JALの先得なんかは発売され始めています。
最安のスカイマークは2ヶ月前からの発売です。
飛行機に乗って沖縄へいらして下さい。
三連休なので、ああ、チケットがない、なんて事のないよう、宜しく手配の程お願いいたします。
ビーチで挙式をしたいと思っています。
皆様どうか証人になってやって下さい。
詳細は追ってご案内します。

2010年4月19日月曜日

実践①

今日は嘉手納基地で催されたBazaarで店当番。
一応パスがないと通れないゲートにてチェックを受ける。
ここから先はアメリカだ、とすっかり気負い過ぎてる俺は、軍服を着たウチナー人がもうアーミーに見えていて、無思考で「ハロー」とか言ってる。

「免許証も出して」と日本語で言われ唖然とする。
慌てて取り出し通過可能となったものの、怪しまれてはいないだろうか。
とにかく今日一日、無難に乗り切り、再び祖国に戻ることが目標なのだ。
朝一でつまずいていて一体どうなってしまうのだ。
気を取り直し、トラックを発車させる。
動かない。
アクセルを踏めど暮らせど反応がない。
どうやら、唖然、のくだりでクラッチの足を脱力していたらしい。
エンストだ。
すっかり動転した俺はゼロヨンばりのスタートダッシュでその場をしのぎ内部への潜入に成功。
しかし、待てよ、アメリカの車道は左右どちら通行だ?
疑問が頭をもたげる。
立ち往生して自問自答を繰り返す。
額に汗が滲む。
とうに湿ったハンドルをいっそうきつく握りしめ、ムギュッ、と鳴る。
分からない。
知らないものは知らない。
もうどうにもならない。
「I don't know!」
半狂乱で顔をあげると、往来の車は平然と左側通行であった。
助かった、ていうか書いとけ!
己の無知を棚に上げ、安心感からの逆ギレ。
ったく速度表示の看板ばかり同じの何個も立てやがって!
しかし目に飛び込んできた注意書により理性を取り戻す。
曰く、「基地内にて国歌が聞こえた場合、聞こえてくる方向を向き、直立する事。無視した場合憲兵に通報されます」
落ち着け、ここは外国だ。
郷に入っては郷に従え。
憲兵が何の事かは良く分からないが多分平気でぶっぱなしてくるような連中だろう。
ここでは殺されても闇から闇。
犬死にはごめんだ。
興奮冷めやらぬまま、会場である基地内の体育館へ到着。
始まったら始まったで、なんだか意外とすんなり時間が過ぎてゆく。
コミュニケーションは当然大変な作業なんだけど、見ようによっちゃあ奴らが宇宙人のように思えて、商売っ気に惑わされることなく、無邪気に人間観察や読書にいそしめたのであった。
店子としては最低であることは言うまでもない。
・・・アメリカ人、デブばっかなんだもん。
その上、とことんタイトな服を着る。
羞恥心がないのか。
隠したくはならないのか。
不思議でかなわない。
とどめは激しい獣肉と香水のかほり。
でも隣の包丁屋のキアヌリーブス似の外人が俺にカードの機械の使い方を聞いてきて、「this 押すの?」みたいなカタコトだった。


(キアヌ外人)












なんだ何も違わないじゃないか。
急に親近感がわき、同じ地球人じゃないか、と態度を軟化させる。
・・・だって白人の少女はデタラメに可愛らしい。


会場で販売されていた不気味過ぎる人形














外国人の名前を漢字の当て字にしてやる商売。
ロビン、ルーシー、マイケル。










何かのヒントになる気がした。

2010年4月16日金曜日

振り幅と歩幅は大きく!

ブログとは毎日、ないしそれに準じたペースでもって更新すべきでありますな。

毎度毎度、久々の更新が続くと、書かなきゃなって思っていた事がつもりすぎて書くのがおっくうになる。
いざ書こうと思う。
挙げ句、箇条書きのような文面の大半を推敲させられるという無駄な作業を強いられる。
その頃にはもう感動はだいぶ薄れてしまっているの。
艶つやだったドラ焼きが湿気で重くなってしまっていて、旨いのか不味いのか気付くと惰性でむさぼっているような。

前略

下っ端暮らしも丸二年を超え小生の請け負う仕事も若干ながらその範疇を広げておる所です。
マカイ(ウチナー口で飯茶碗の事)や汲出(くみだし・湯呑み茶碗の小さいのと思って頂ければ)なぞの雑器類としては主力商品を請け負っております。
汲出に関しては首里城の鎖之間(さすのま)にて供される呈茶のセットに使われておるのが自分の仕事だったりする。


まあ世界遺産の土産物になってると思えば少しは感慨深げではある。

そんな仕事場を後一年ほどで出ようと思う。

辞めた後の事は思案中であるが、しばらくはもう少し見聞を広める時間にしたいと考える。
缶詰というか軟禁状態というか、修行とはそういうものであろう事は重々承知なのだが、内なる好奇心や、たぎる血潮を出すべきときに出さねば後々膿となり己を苦しめ得る事は必定。
それがベストタイミング。
あと一年、ガムシャラ人生宜しく、力の限り生きて、ネクストステージを見据える高揚感、まさに人生の醍醐味。
モラトリアムぢゃあないよ。
前述の見聞というのは恐らくフィールドワークに近い気がする。
民俗的世間に揉まれ、民芸的美意識を肉体になじませる。
ルーツが体育会系だからね。
たまに誘われてサッカーとかするとまだまだ、尋常ならざるアドレナリンの分泌を制御できない自分を思い出す。
なんかグッとくるぐらい。

二十歳前後の目標が簡単にいうと多分、若隠居だったんだけど、それで何となく進んでみた現在進行形なんだけど、その為にはいろいろ大変で。
修行とかしなくちゃなんなくて。
ノホホンと生きるのは大変で。
『るきさん』になるのは大変で。
最終的には、邸宅だか東屋だかの、庭園だか荒野だかよく分からない所で、懐石だか炊き出しだかをあてに、ドンペリだか大五郎だかで喉を湿らし、楽器は一個でいいんじゃないかな、三線でも手拍子でも、みんなで歌う。
そんな夜がいいかな。
生きてて良かった、と思えるかも。

2010年1月17日日曜日

もう2010年だって


近所の『銀天街』というシャッター商店街で催されていた祭の様子。
沖縄ではどんなライブでも『唐船どーい』が流れれば老若男女カチャーシーを踊り出す。
無敵の一曲。









その後スナックで飲み直す。
中島みゆきのキーが思ったより高い事に驚嘆。









日が明けまして日曜日。
正月休みから二週間越しの三味線屋巡りに再び。
はっきりいってど素人にものの善し悪しなんて分からないので、ぐっときたのにするしかないんですよ、多分。
予算ちょっとオーバーだったけど、ぐっときたから仕方ないんですよ。
でも一回家に帰って焼物を二、三手みやげに、五千円まけてもらいました。
ああ、手に職ってすばらしい!

夕飯にお好み焼きを作ったのですが、先日兵庫出身の後輩に食わせてもらったお好み焼きが異常に美味しくてそれを真似てみました。
はっきりいってど素人だったんだわ、くどいようだが。
お好み焼き観がぐらっと揺らいだもんね。
長芋一本(四枚分で)を全て使って下さい。
狂ったようにすって下さい。
他は適当にその辺のレシピでいいはず。
最初の片面は気持ち多めの油で強火で揚げるような気持ちで一気に焦げ目まで焼いちゃってひっくり返したら中弱で火を通す。
周りさくっと、中ふわっとした奇跡の一枚が味わえるはず。
良き三線との邂逅に、美味しいお好み焼きとオリオンビール。素晴らしき日々。













あ、また仕事の報告しそびれたなぁ。また次回!



2009年9月13日日曜日

まず、一人称の固定すらままならないんだ

面白い映画や本、人物に出会うと影響を受ける。

具体的に言えば論調、文脈が似てくる。
多かれ少なかれ人にはそれがあり、私もそうで、最近に読んだ本などの調子がどうしても移ってしまう。
言葉の捻出、特に口語におけるそれが恐らく不得意で、会話において無言の逡巡を多発してしまう。
喉まで来た瞬間に、「本当に発して良いのか」、と自問してしまう。
それで取っ付きにくい人、話が弾まない人、とされたケースは多々あるはずだと思っている。
仕方がない。
意識はしている。

人の文脈を借りることで割とその苦手意識をある程度解消できる。
筆に勢いが出る。
たいして読書家ではないくせに、散読というか、併読癖があるのでパクり方もぐだぐだではある。
しかも飲まないと喋れないように、書くときは酒が入るので、一層混濁したものになる。
常時、最低三冊は代わる代わる読んでいる{(風呂トイレ、枕元、鞄の中)(長編、短編集、エッセイ)などの分類による}が、現在のスタメンのエースで四番は東海林さだおの「丸かじりシリーズ」になる。
北方謙三「水滸伝」を継いでいる。
ショージに形容された登場する食べ物たちは、軽妙に調子良く、奥行きと重さと温度と湿度を伴い、後はもうとにかく、口に含ませたらええじゃないか!という気持ちにさせられる。
そんな中で蕎麦屋で酒を飲む話があり、当然酒が飲みたくなる。
文中蕎麦屋で酒といったら江戸っ子よろしく日本酒になるのだが、こちとら島酒べらんめえの世界な訳で、ヤマトの風情を感じつつ泡盛の味に合うあてという矛盾の解題に、日曜朝っぱら、いざサンエー(沖縄のスーパー)へ。
目に留まったのがサンマであった。
沖縄のスーパーにて三陸産の生サンマが100円未満で売られている豪腕。これを二尾。
久しぶりに登場する日本鋼の包丁を研ぎ研ぎ、三枚におろしてやる。
おろしたからには身は刺身で。
背骨およびその周辺は丸ごと食べられるように良く焼き煎餅に。
共に焼いた頭はさらに、高温の油でからりと揚げる。
これをつまみながら書いているわけだが、ぼちぼち自分の意識が混濁してきた。
酩酊してきた。
当初描いていたオチを失念した。
そして思い出す気にもならない。

以上の文章構成比を現在の散読作家別に茶碗蒸しのレシピ風で例えるならば(重量比)、
毎晩枕元の東海林さだおで取った出汁1カップに、
トイレの松本清張が産んだ卵一個を割り入れ溶き、
薄口醤油適宜、程度の自我は残っているとして、
塩は読み始めの熊谷達夫少々、
これを合わせてザルで濾してきめを細かくして泡を取り除くが、多分このザルは、星新一であろう。小学生で初めて読んでから飽きたことがない。
こうして蒸し上がったぷるんぷるんな物体は、なんとも不味そうだこと。
苦手意識の克服は難しい。